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2020年12月30日

 椰子の実

 椰子の実


 11月上旬、うるま市平敷屋の青間(おおま)の海岸。
 美しい砂浜がおよそ250メートルほど続く。砂浜に
 椰子の実が流れ着いていた。  
 
 嬉しかった。遠い南の国へ思いをはせ「椰子の実」をくち
ずさみたくなる青間の浜。
 足元に寄せる波を避けながら波に洗われる椰子の実を
 撮った。
 



 椰子の実




       椰子の実  詩:島崎藤村


   名も知らぬ遠き島より  
   流れ寄る椰子の実一つ
  
   故郷の岸を離れて
   (なれ)はそも波に幾月
    
   (もと)の樹は生ひや茂れる
   枝はなほ影をやなせる

   われもまた渚を枕
   孤身(ひとりみ)の浮寝の旅ぞ

   実をとりて胸にあつれば
   (あらた)なり流離の憂(うれい)

   海の日の沈むを見れば
   (たぎ)り落つ異郷の涙

   思ひやる八重の汐々(しおじお)
   いづれの日にか国に帰らむ





 椰子の実


 「椰子の実」の詩は、民俗学者の柳田國男が東京帝国大
 学2年に在学中、夏に訪れた愛知県渥美半島伊良湖岬
 (いらござき)恋路ヶ浜を散歩中に見つけた椰子の実のこ
 とを、島崎藤村に語ったことがきっかけで生まれた。

 


 椰子の実


 沖を行く船は平敷屋~津堅島の定期客船。



 柳田國男の話をヒントに作られた「椰子の実」の詩は、明
 治33年(1900年)、当初、{海草」という詩(五篇詩)の
 一編(其二)として発表され、翌34年、「椰子の実」とされ
 詩集『落梅集』に所収されている。


 「椰子の実」の詩に曲がつけられたのは、詩の発表から
 35年後。作曲者は山田耕筰門下の大中寅二。

 ラジオ番組『国民歌謡』で放送する歌として日本放送協
 会大阪中央放送局が大中寅二に作曲を依頼。 
 昭和11年(1936)7月に放送され大ヒット曲となったと
 いう。そのときの歌手は東海林太郎(しょうじたろう)。



 椰子の実


 寄せては返す波に揺すられ続ける椰子の実。
 広く長い渚に椰子の実が一つ。泡の潮に影を落とす。
 やがて陽は傾き誰もいない浜辺になる。




 藤村に椰子の実の話をしたことは、晩年の柳田國男が
 著書で語っている。長い文章で読みづらくなるが面白い
 エピソードなので引用した。


 『海上の道』(昭和36年)から。  
 
 「・・・私は明治三十年の夏、まだ大学二年生の休みに、三
 河の伊良湖岬の突端に一月余り遊んでいて、このいわゆ
 るあゆの風(東から吹く風。東風)を経験したことがある。

 今でも明らかに記憶するのはこの山山の裾を東へまわっ
 て、東おもての小松原の外と、船の出入りにはあまり使わ
 れない四五町ほどの砂浜が、東やや南に面して開けてい
 たが、

 そこには風のやや強かった次の朝などに、椰子の実の流
 れ寄っているのを三度まで見たことがある。・・・・どの辺の
 小島から海に泛(うか)んだものかは今でも判らぬが、とも
 かく遙かな波路を超えて、また新しい姿で斯んな浜辺まで、
 渡って来て居ることが私には大きな驚きであった。

 この話を東京に還って来て、島崎藤村君にしたことが私に
 はよい記念である。今でも多くの若い人たちに愛誦せられ
 て居る椰子の実の歌といふのは、多分は同じ年のうちの
 制作であり、あれを貰ひましたよと、自分でも言はれたこ
 とがある。

   そを取りて胸に当つれば  
   新たなり流離の愁ひ
  
 という章句などは、固より私の挙動でも感慨でも無かった
 上に、海の日の沈むを見れば云々の句を見ても、或いは
 詩人は今少し西の方の、寂しい磯ばたに持って行きたい
 と思われたかもしれないが、ともかく偶然の遭遇によって、 
 些々(ささ)たる私の見聞も亦不朽のものになった。」

 
 引用の文中「明治30年」というのは「明治31年」の記憶違
 いのようだという。明治30年は大学入学の年で法科1年生。
 

 島崎藤村は1872年(明治5)生まれ。柳田國男は1875年
 (明治8)生まれ。藤村が年上。二人は1896年(明治29)
 頃知り合っているという。




 『故郷七十拾遺』(昭和24年)から。    
 
 「僕が二十一の頃だったか、まだ親が生きてゐるうちじゃ
 あなかった思う。少し身体を悪くして三河に行って、渥美
 半島の突っ端の伊良湖岬に、一ヶ月静養してゐたことが
 ある。
 
 海岸を散歩すると、椰子の実が流れて来るのを見附ける
 ことがある。暴風のあった翌朝など殊にそれが多い。
 椰子の実と、それから藻玉・・(略)・・それが伊良湖岬へ、
 南の海の果てから流れて来る。殊に椰子の流れて来るの
 は実に嬉しかった。一つは壊れて流れて来たが、一つの
 方はそのまま完全な姿で流れついて来た。

 東京へ帰ってから、そのころ島崎藤村が住んでいたもの
 だから、帰ってくるなり直ぐ私はその話をした。そしたら、
 「君、その話を僕に呉れ給へよ、誰にも云わずに呉れ給へ」
 といふことになった。

 明治二十八か九年か、一寸はっきりしないが、まだ大学に
 居るころだった。するとそれが、非常に吟じ易い歌になって、
 島崎君の新体詩といふと、必ずそれが人の口の端に上る
 といふやうなことになってしまった。

 この間も若山牧水の一番好いお弟子さんの大悟法君とい
 ふのがやって来て、「あんたが藤村に話してやったって本
 当ですか」と聞くものだから、初めてこの昔話を発表したわ
 けであった。」





 椰子の実


 喜屋武海岸で見つけた椰子の実。


 海岸を歩いていると、椰子の実をときどき見つける。
 今年は、中城村(1個)、うるま市青間(1個)そして糸
 満市喜屋武海岸(2個)で、計4個見た。
 
 やはり写真に撮りたくなる。そんな心にさせるような、
 センチメンタルをかき立てるようなものが長い海路を
 漂流してきた椰子の実にはある。
 
 


 椰子の実


 同じく喜屋武海岸。 




 柳田國男が、若山牧水は椰子の実の歌を2つ詠んでい
 ると書いている。歌集をめくったらあった。


   椰子の実を拾ひつ秋の
    海黒きなぎさに立ちて  
   日にかざし見る

 

   あはれあれかすかに声す
    拾ひつる椰子のうつろの
   流れ実吹けば


       
 いずれも牧水が20代前半のときの短歌。     





 椰子の実

 

 
 椰子の実投流のイベントがある
 
 愛知県の渥美半島と沖縄の石垣がその舞台。


 伊良湖岬は愛知県の南端。南側は太平洋に面し、黒潮影響
 で一年を通して比較的暖かい。7~9月に椰子の実が流れ着
 くことがあるという。柳田國男が見付けた椰子の実もその頃。


 石垣島を「椰子の実」の歌にある「名も知らぬ遠き島」に
 見立て、恋路ヶ浜へ漂着するようにとの想いをこめ、毎年
 6月に金属のプレートを付けた椰子の実を石垣島の沖合
 で黒潮に投流する。

 「愛のココナッツやしの実流し」事業。
 投流する椰子の実には「波にのせ想いは遙か恋路ヶ浜」
 のメッセージを記した金属のプレートが付けられている。
 

 伊良湖岬のある旧渥美町観光協会が昭和63年から始め
 た事業。現在は渥美半島観光協会ビューローが引き継い
 で行なっている。

 昭和63年から平成13年までに1589個投流、恋路ヶ浜ま
 で辿り着いた椰子の実は皆無だったが、同年8月3日、実に
 14年目にしてついに一個が漂着したという。石垣から伊良
 湖岬まで約1600キロ。


 昭和63年(1988年)から令和2年(2020年)までに投流され
 た椰子の実と九州以北に漂着した(見つけられた)数の累計は
 次のとおり。
      
   投流(33回) 3640個、 漂着 149個

 漂着した数のうち渥美半島に漂着したのは4個という。
      

 投流は6月上旬。
 コロナ禍の今年2020年(令和2)は、八重山観光協会が、
 事業主催者の渥美観光ビューローの代理で40個投流
 (7月5日)。漂着の知らせは今年はゼロだという。   


 この事業は会員も募っており、また応募して当選すれば、
 椰子の実の投流にも参加できるようだ。

 このイベントに関する情報は次のサイトなどで読める。
 ●『渥美半島だより』(渥美半島観光ビューロー)など
 ●「八重山毎日新聞」「椰子の実」で検索
 ●「やしの実大学~第2回やしの実大学公開講座in八重山
 (1998年12月)。これは詳しく事業の経緯が分る。

 

 海岸で撮った椰子の実。
 いろいろと調べていたら、遠くまで来てしまった。
 ・・・そして、いろいろつながっていた。


 童謡の「猫のおまわりさん」や「さっちゃん」までつながっ
 てくる。好きな歌謡曲「名月赤城山」にもつながる。

 また、今は亡き叔父の好きだったという童謡「里の秋」にも。
 

   さよなら さよなら
   椰子の島 
   お船に ゆられて
   帰られる 
   ああ 父さんよ
   ご無事でと
   今夜も 母さんと 
   祈ります 

 「静かな静かな」と唄われる「里の秋」の3番。
 叔父のことを想うと涙が出てくる。


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Posted by 積雲 at 23:00│Comments(0)風景詩句
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