2019年11月17日
島桑(シマグワ)の実
九月。台風が去ったあと、沢山の実をつけた島桑
(シマグワ)の木をうるま市の道路端で見かけた。
カメラを向けたが風が強く葉が激しく揺れ動き撮
るのは難しい。小雨も落ちてきたので諦めた。
風がおさまった数日後、思い出して行くと実はすっ
かり落ちていた。その後、むしょうに桑の実が撮り
たくなった。
芋の花を撮るため最近よく訪ねた読谷村宇座の
農地。10月末。畑の角に植えられた島桑の木か
ら小鳥の囀りがしきりに聞えてきた。
葉の茂みで鳥たちは見えないが実を啄んでいる
のだろう。近寄ると木の上から一斉に四~五羽の
シロガシラが秋空に飛び去った。
まだ一羽くらいはいないかと、木の下に入り見上
げるとびっしりと桑の実がついていた。
黒く又赤し桑の実のなつかしき (高野素十)
低い枝には手が届きそうだ。引き寄せ実を摘ん
で食う。一つ二つ摘む。三つ五つと指がうごく。
指先が汁で濡れ紅く染まってきた。カメラを持て
なくなるとの思いが浮び、引き寄せた枝の実を
直接口でちぎりちぎりにさらに幾つか食べる。
思い出してもみっともない姿だったに違いない。
桑の実食いたし食いたし餓鬼となる
沖縄に自生又は栽培されている桑はシマグワ
(島桑)。ヤマグワの近似種という。
方言名は、クワァギー、ユンギ、ナンデーシなど
本土で桑は4月に花が咲き実を6月に結ぶ。俳句
では夏の季語。島桑は3月に花が咲き実を4月に
結ぶ。このため沖縄では島桑の実は春の季語とし
ているようだ。
だが、島桑の実は9月~11月にも実がつく。特に
台風あとには多く実をつけている印象がある。過
去に撮った島桑の実の写真も10月、11月のもの
が多かった。だが、やはり島桑の実の旬は4月だ
そうだ。
桑の実を独り占めする田のはずれ
桑の実は集合果。英語ではマルベリーと呼ばれ
るそうだ。熟して黒紫色になる。
桑の実の熟した色は、ギリシャ神話「ピュラモス
とティスベ」では、愛の悲劇的な最後を遂げた恋
人達の血潮を浴びた桑の実に、死にいくティスベ
が願いをした血潮の形見の色という。
実は甘酸っぱいという人もいるが、黒紫色に熟
した実は甘くさっぱりとして美味しい。
指先や口を紅紫に染め食べた昔が懐かしい。
幼い頃、餓鬼の何名かで桑の実を潰し、いまで
言えばジャムのようなものを作ったことも思い出
す。
山で採る野いちごや渋柿と違い桑の実は身近
でどっさりと採れた。ハブの心配はない。枝を引
き寄せるとき石垣や木から落ちないようにだけ
気をつければよい。
首里城に桑の実盗りの童あり
(篠原鳳作)
桑の実や道草すぐに暮れつのり
(普久原埃子)
那覇市内の小学校裏通学路で、2メートルほど
の高さに桑の実を見つけた。カメラを向けてい
ると年配の女性から「何をしているの」と声をか
けられた。
桑の実を撮っていると答えると、「今は、もう子
どもたちも全然食べないからね。見向きもしな
いさ」と穏やかに言う。
桑の実を食う話など戦後のこと
(玉城一香)
身近にある桑の実の美味しさを知らない今の子
たち。子どもらが実のついた桑の近くを通れば、
声をかけ美味しさを教えたい思いもわく。
食え食えと桑の実摘んで食って見せ
童謡「赤とんぼ」(作詞:三木露風、作曲:山田耕筰)
にも歌われる桑の実。その歌も今は懐かしい心の
歌として残るだけとなったのか・・。妹や弟を背負う
子守の姿も消えてしまった。
夕焼け 小焼けの
赤とんぼ
負われて見たのは
いつの日か
山の畑の
桑の実を
小籠(こがご)に摘んだは
まぼろしか
思い出しても遠い。
世は令和となった。よく知られた句をもじり詠む。
桑の実や昭和も遠くなりにけり
桑の実は多汁。潰すとワイン色の汁がにじみ出
て指を染める。写真の小さな粒は痩果(いわゆ
る種子)。染まった色は水で流すくらいでは落ち
ない。
桑の実はアントシアン、ビタミン類、鉄分、カリウム、
カルシュウム、マグネシュウム、亜鉛などを豊富に
含んでいるという。
アントシアンはポリフェノールの一種で抗酸化作用
があり老化防止にいい。カリウムは余分な塩分を排
出してくれるので高血圧の防止にいい。
・・・と、このような健康食品のような桑の実の説明
もあった。消費税もかからず道端で摘める桑の実。
人目があっても見つけたら小鳥のように啄みたく
なる。
島桑はクワ科の落葉中高木。普段周辺で目に
する高さは3~7mほどではないかと思う。
糸満市で見た蚕の餌用として栽培されている島
桑は、葉を摘み取りやすいように背の高さほどに
低く管理されていた。
島桑は落葉樹であるが、地域によっては落葉が
見られないものもあるいう。
鹿児島県の沖永良部島にある知名町のHPの
「シマ桑事業」のページに「知名町に見られる桑
をシマ桑です。葉質が良く休眠せず年中葉を付
け」とある。知名町農林課に確認すると、そのと
おりで落葉しないという返答。
余談であるが、知名町では桑の葉の健康食品と
しての食品機能に着目し第6次産業化を図って
取り組んでいるという。
桑は雌雄異株。まれに同株もあるという。
上の写真の島桑は雄株。なので実はつかない。
庭木として植えられたもの。高さは約7m。
島桑(シマグワ)の分布は屋久島、種子島以南、
沖縄各島。台湾、南中国。
桑の名は蚕が食う葉の意味で食葉(くは)または
蚕葉(こは)からきたものだろうと言われる。
桑の木は大きいものは高さ15mにもなるという。
15m以上の高さにわたって実がついている姿は
はどんなに見事だろう。
『三国志』の英雄、蜀漢の初代皇帝劉備玄徳の
生まれ育った家には村のどこからでも見えた大
きな桑の木があったいう。
「玄徳は幼くして父親に死に別れ母親に孝養をつ
くした。家は貧しく、草鞋(わらじ)を売り蓆(むしろ)
を織って身過ぎとしていた。
琢県の楼桑(ろうそう)村に住んでいたが、家の東
南に桑の木があって、高さ五丈あまり、遙かに望
めば亭々として馬車の傘のようであった。
ある相術師が言ったことがある。
『この家からは、きっと貴人がでられましょうぞ』」
ーー『三国志演義(1)』(羅貫中作、立間祥介訳)
より。
1丈は約3.333m。5丈では約16.7m。かなり
大木だ。聖なる木の威容を誇って見えたのだろう。
養蚕発祥の地の中国では桑は聖なる木だったとい
う。
幼木のときの葉は深く裂けている。
しかし、裂け方は様々である。まったく裂けていな
い葉もある。さらに、一本の木で、葉全部が裂け
ている枝があるかと思えば、他の枝の葉は裂け
ていないものがあったりする。
左右対称の切れ込みのある美しい形の葉。
これが基本的な裂け方で他はその変形(異形)な
のだろうか。
ガジュマルの根元近くに生えた島桑。朝の陽光に
葉の形が美しく浮ぶ。
次の写真も島桑の葉。葉に一つも裂け目はない。
同じガジュマルの根の方に生えていた。
雑草のように生命力の強い感のある桑の木。
しかし、何故、幼木のときにだけ葉に切れ込が
入り違う形の葉をつけるのだろうか?生き残る
ための遺伝子の作戦だろうか。
糸満市波平で見た養蚕用に栽培管理された桑はど
の木の葉も全く裂けていない成木と同じ卵形だった。
島桑の雌の花?
桑に雌花と雄花があることを知らなった。
図書館の植物図鑑で桑の項目を調べたが、花の
写真や図が掲載されたものはなかった。
ネットで調べると見つかった。
それと照らすと上の写真は雌の桑の花だろうか・・・。
養蚕関係の方(浦添市シルバー養蚕事業所)に
訪ねたら、当然のことだが花のことを知っていた。
来年の春には花を教えてもらおうか。
浦添市シルバー養蚕事業所は、浦添市伊奈武瀬
にある浦添市養蚕絹織物施設「サン・シルク」内に
ある。
去った11月10日、施設内で飼育している大きく育
った蚕など見ることができる見学会があったが、残
念ながら参加できなかった。
サン・シルク内一階の店では、桑の果実リキュール
酒や桑茶を販売している。
実の柔らかい粒の先にヒゲみたいなものがついて
いる。先が二つに裂けているように見えるものある。
よく分らないがこれは花柱のなごりだろうか?
来年の花の時期が待ち遠しい。忘れず観察しよう。
ウィキペディアには、雄花は茎の先端から房状に垂
れ下がり、雌花は枝の基部の方につくとある。
なお、桑は風媒花のようだ。
ヤンバルのある集落。廃屋の裏の廃れた畜舎の
屋根にかぶさるように、実がたくさんついた島桑
の枝が垂れていた。
華やかに桑の実なりて捨て屋敷
桑の実に唇染めし遠き日よ (山口貞子)